★Comentario 鶏が先か、卵が先か。 タンゴとティエントの関係を考えるとき、人がまずぶつかるのはこの問いではないだろうか。なにしろこの両者は、基本的に同じ2拍子系、詩の形も同じ8音節4または3行詩。しかも踊りの場合、ティエントはよほどの例外を除いてタンゴになって終わる。しかしちょっと歴史をひもといてみれば、その答えは簡単に見つかる。19世紀まで、スペイン生粋の歌芝居サルスエラやオペラに、タンゴは登場してもティエントは出てこない。たとえそのタンゴが往々にして、こんにちで言うハバネラに当たるものであったとしても。 ただ見過ごしにできないのは、タンゴであれハバネラであれ、単なる2拍子を越えたリズムが内包されていること。スペイン人が先祖から受け継いできた2拍3連のリズムがそこには息づいている。具体的には6/8拍子が感じ取れるのだ。2/4拍子の中の6/8拍子となれば、思い出すリズムがある。そう、タンゴの仲間でいちばん軽やかな調子を持つタンギージョ。この拍感をカディスの大名人エンリケ・エル・メジーソが活用して19世紀末に生み出したのが、同じタンゴの仲間でいちばん重たいティエントと言われるところが、何ともおもしろい。
★Comentario 数ある12拍子の曲種の中で最も重い調子を持つとされ、またソレア(孤独)、アレグリアス(喜び)などと違って、その名前も何やら神秘的なことから、いろいろ謎めいたものを感じさせるのが、このシギリージャだ。近年では、セギディージャ(あるいはセギリージャ)という呼び方もスタンダードになりつつあるが、逆にそうなると、そこにはひとつの可能性が見えてくる。スペイン全土に流行をみた、同名の3拍子の舞曲。そう、セビジャーナスのもととなったセギディージャスだ。しかしこのふたつの曲種を関連づけるのは難しい。なぜなら、リズムも詩の形も展開も、すべてが違うからだ。これはもはや、同姓同名の他人と見なすべき存在であろう。 こちらのシギリージャは、フラメンコの草分け時代にエル・プラネータ、エル・フィージョという名人たちによって無伴奏またはギターを伴って歌われ、やがて20世紀半ばに踊りを伴い、今なお“フラメンコの父”とも言うべき地位をしめているのだから。4行詩でありながら、6・6・11・6という独特な音節を持つ詩の形、同じ無伴奏時代からのレパートリーであるマルティネーテを彷彿させる「1ィ、2ィ、3ァーン、4ーィ、5ォ」という変則5拍子にも取れるリズム、どこを取っても唯一無二の存在であるシギリージャ。その謎は21世紀になろうと解明できない。
★Comentario カーニャ、と聞いて皆さんは何を思い浮かべるだろうか。アンダルシアの河べりにすっくと立つアシ? 暑い盛りに喉を潤してくれる、よく冷えた生ビールあるいはシェリー酒? それとも、古色蒼然としたリフレインを伴う歌の調べ? 人によって連想するものはさまざまだろう。 このカーニャ、一般の単語としては「棹」「杖」の意味も持ち、中南米に行けば「サトウキビ」の意味ともなる。そこに共通して流れているのは、まっすぐ伸びた棒状のもの、というイメージ。つまりカーニャとは、直線状の形をした伝統的な味わいのもの、ということになる。そう思うと、フラメンコにおけるカーニャが、どこか捉えどころのない直線的な音運びを持ち、ドラマティックでありながらソレアやファンダンゴのようにぐっと胸に迫ってくる感じとはいささか趣きを異にする曲種となった理由がわかる気がする。実はその歴史はたいへん古く、19世紀前半の宴の情景を描いた文献にも、すでにカーニャの名前が現れている。最初期のカーニャは単独で奏でられていたが、時が下るにしたがって、やはりアンダルシアの古謡であるポロあるいはソレアと組み合わせて演じられるのがスタンダードとなった。まさに、歌は世につれ、といったところだろうか。
★Comentario フラメンコの代名詞ともいえる、12拍子のリズム。6/8拍子と3/4拍子の混合拍子であるこのリズムは、しかし実は、フラメンコ固有のものではない。イベリア半島には昔から、このリズムを持つ民謡が各地に存在していた。またクラシックの作曲家たちもこのリズムに心惹かれ、さまざまな音楽を世に送り出してきた。ホアキン・ロドリーゴの『アランフエス協奏曲』第1楽章、マヌエル・デ・ファリャの「モーロ人の織物」……後者はフラメンコにそのまま転用され、ソレアまたはブレリアとして活用されている。 それを可能にしているのが、クアルテータと呼ばれる汎用性の高い8音節4行詩、そして12拍子のリズムだ。ちなみにゆったりとしたソレアが「カンテの母」と呼ばれるのに対し、快速調のブレリアは「踊りの娘」と呼ばれたりもする。その語源は舞曲の名「ボレロ」とも、「からかい、あざけり」を意味する「ブルレリア(burlería)」ともいわれる。いずれにせよ、そこにはフラメンコのエッセンスが詰まっている。また、往々にして楽器を用いず机などを拳で叩いて伴奏する“アル・ゴルペ”というスタイルも一般的。そこにこもる野性味は、身ひとつで大陸を越えてきたヒターノの姿をほうふつとさせる。
★Comentario セビジャーナスと並んでフラメンコに取り入れられ定着した曲種、それがファンダンゴ・デ・ウエルバだ。 ファンダンゴそのものは、もともとスペイン全土にたくさんのバリエーションを持つ民謡。「ファンダンゴ族」と称される民謡が各地に見られ、幾つかのものは地名を冠して呼ばれる。マラガの「マラゲーニャ」、グラナダの「グラナイーナ」、ロンダの「ロンデーニャ」と言えば、ピンと来る方もあるだろう。そうした民謡は往々にして踊りを伴う。スペインの民族舞踊は、男女が組になるパレハ(ペア)の踊りが主流。ファンダンゴ、ホタ、ボレロ、セギディーリャ、いずれもそうだ。カスタネットが用いられることも多く、踊りに華を添える。それらの民謡はやがて宮廷に届き、スペイン古典舞踊の一翼を担うに至った。 そうした中でファンダンゴ・デ・ウエルバは、特にアンダルシア西部ウエルバ地方の民謡を指す。ウエルバは、アンダルシア8県の中でいちばん西に位置し、決して華やかな県とは言えないながら、マリスマと呼ばれる湿地帯から山岳部まで起伏に富み、国内最大の聖母巡礼祭であるロシオ聖母の聖堂や、心優しい詩人と小さなロバの交流を描いた散文詩『プラテーロとわたし』などで知られる。そしてフラメンコ愛好家には最大の宝物、それが、数十種類あるとも言われるファンダンゴ・デ・ウエルバなのだ。