マリア・パヘス & シディ・ラルビ・シェルカウイ「DUNAS -ドゥナス-」来日インタビュー

2017.12.15

砂丘が引き出す多様なイメージ
少し奇妙なラヴ・ストーリー

 3年かけて話し合いを重ねながら創ってきた作品。「お互いに対する尊敬、ふたりの純粋な『創りたい』という気持ちの中から生まれた作品」という、日本初演となる「DUNAS -ドゥナス-」。スペイン語で「砂丘」を意味するこの言葉は、独自の舞台表現を追求してきた二人から多様なイメージを引き出し、美しい動きの描写によって鮮烈な世界を創り上げた。
2018年3月29日〜31日(Bunkamuraオーチャードホール)の公演を前に、来日した主演の二人が語った作品の見どころ。あなたの眼前にも広がる砂丘のイメージの中にさあ、踏み出そう。
(通訳/中原薫さん 取材・文/恒川彰子)

愛知公演:2018年4月5日(木)アートピアホール
大阪公演:2018年4月6日(金)豊中市立文化芸術センター 大ホール

――お二人が2004年に初めて出会ってから、どのようにして作品を創っていったのでしょうか?

ラルビ 04年モンテカルロで開催されたダンスフォーラムのレセプションの場で初めてマリアと顔を合わせました。私は、マリアの作品が好きだと伝え、話をしていく中でお互いとてもシンプルな人だと分かり、人生や振付け、ダンスについて色々話す中でとても気が合ったのです。その後もメキシコや中国などで偶然にも再会する機会が続いたため「一緒に何かを創ろう」という話が出てきました。06年だったと思います。そして09年には「DUNAS -ドゥナス-」の初日を迎えることができました。マドリッドやアントワープなどで話し合いを重ねながら創っていきました。

マリア モンテカルロで彼が振付けた作品「In Memoriam」を観て、非常に共感する部分があると思いました。そして実際に話をして、彼はとてもオープンで親切な人だと思ったのです。

作品を創る過程は、とても均衡のとれたプロセスだったと思います。お互いに対する尊敬、学びたい、吸収したいという強い気持ちがあったプロセスでした。そして、外からのプレッシャーで何か作品を作らなければ、ということではなく、本当に二人の中から何かを創ろうと決めたのです。

――砂丘を意味する「DUNAS -ドゥナス-」について、そのイメージ、コンセプトとは?

マリア まず「砂漠」というコンセプトがありました。砂漠は大きな空間であり、何もない。何もないけれども、いろいろなものが生まれる可能性がある。そして砂丘は常に変化している。砂漠を「何かが始まる場所」としてとらえようと話しました。

「DUNAS -ドゥナス-」というタイトルについては、マドリッドで食事をしていた時に、同席していた私の息子が提案してくれたと記憶しています。私としてはラルビとの共同作品なのに、スペイン語のタイトルをつけるのは気が引けましたが、彼は「スペイン語にしよう。音の響きが良い」といって「DUNAS」に決まりました。

ラルビ 私たちは二人とも砂が好きです。砂はとても小さく、か弱いもの。同時に、二人で大きな絵を描くことができる。砂丘は小さな砂からできているというのも良いコンセプトでした。そして、二人とも地球に魅力を感じている。この作品で使われている全ての要素は、自然からとっているものです。マリアが、木が好きだというので木、根、土、砂と連想していきました。砂(arena)、砂漠(desierto)なども浮かびましたが、やはり「DUNAS」という言葉が詩のようで、そしていろいろなイメージを持っている。憂鬱であり、しかし希望もあり、また癒しもある。常に変化しているイメージがあったのです。

――「DUNAS -ドゥナス-」はとても美しく、動く絵画のような作品だという印象があります。一方で、攻撃的で暴力をイメージさせる振付けもあります。何を象徴しているのでしょうか?

ラルビ 暴力というのは男女間にも存在します。作品のテーマとしては、アラビアとスペインの関係です。歴史的に、アンダルシアではアラブの文化とスペインの文化が融合していた。しかし宗教的な理由でそれが壊された。カトリックの流入で、イスラムの文化がアフリカに押し戻されたという歴史があります。一つだったものが暴力によって別れてしまった、ということを描きたかったのです。

今でもアンダルシアに行くと、二つの文化がかつては一つだった(共存していた)名残りがあります。

マリア 「DUNAS -ドゥナス-」には多くのメッセージが込められています。人間関係に関するものですね。それが音楽や動き、ダンスという糸でつながっているのです。対立よりも「出会い」に重みを置いているのです。「DUNAS」というのはどんなかたちでもできるスペース(場所)、どんなことでも解決できるスペース(場所)だと思っています。

ラルビ 繊細さを引っ張り出すには暴力を描く、ということも表現方法としてはあります。暴力を振るう者、服従する者というように役割を演じていますが、それが徐々に柔らかくなっていき、最後は一つになる。始まりはこのポスターのように左右対称、そして男女のように差異が顕著になっていき、様々な物語が発生し、ゆっくりと対立、差異が無くなっていき、最終的には一つになって、そして一緒に死んでいく。少し奇妙なラヴ・ストーリーといえるかもしれません。

――この作品の音楽はどのように創られたのですか。

マリア 音楽についても会話を重ねながら作っていきました。異なるスタイルのミュージシャンたちが一緒にアイデアを出し合いながら、音楽を作っていったのです。アラブの歌手、フラメンコの歌い手、ポーランド人のピアニスト、バイオリン、パーカッションなどいろいろな文化の音楽的要素を取り入れています。出会いがあり、対話が生まれ、そこから一つの音楽を作っていきました。その結果、美しい音楽が出来上がり、何度聞いても飽きない音楽が生まれました。

ラルビ アラブ音楽とフラメンコ音楽の対話を目撃できたことは、とても興味深かったです。アラビア系の歌もフラメンコと同じで、大きな声で感情を込めて歌います。うたの歌い方、音のとらえ方、情熱的であるということが共通していると思います。共通しているが、アラブの方は精神的なところにルーツがあり、フラメンコは民衆から発生した歌が多い。作曲も面白かったですが、歌い方に共通点があるのも興味深いことでした。

――フラメンコとコンテンポラリーは異なるジャンルのダンスですが、それを踊り合うことに葛藤はなかったのでしょうか?

ラルビ 初めてマリアの踊りを見たとき、とてもエレガントで、動きが正確であり、感情が伝わってくるという印象を持ちました。フラメンコというジャンル分けよりも、一人の女性が動いているという感じです。ピナ・バウシュと共通するところがあると思います。人はよくジャンル分けをするときに「ここが違う」という相違点に注目することが多いですが、私は逆に似ているところを探します。

また、私はリズムパターンに興味があるのですが、マリアはリズムをとても正確に刻むことができる。それは彼女のバックグラウンドであるフラメンコから来ている。私は彼女からリズムについていろいろ学ぶことができました。このリズム、流れ、動きということの方が重要で、フラメンコなのか、コンテンポラリーなのかというジャンル分けは重要ではないと思っています。

最終的に伝えたいメッセージは二人とも同じなので、そこまでどのようにたどり着くかは、さほど重要ではないと思っています。

マリア お互いのルーツや仕事の仕方が違っていても、それを理解することが大切です。ラルビはコンテンポラリー・ダンサーですが、様々なことに興味を持っていてとてもオープンな方です。彼は必ず生で音楽を使い、音楽、ミュージシャンも振付けの一部に組み入れるという考え方をしています。それはフラメンコでも同じです。音楽は常に生でなければならない。

異なる世界の二人ですが、同じような創作プロセスを持ち、同じ言語を持っていたので、共同で仕事をしやすかったのです。振付師はステップだけを考えるのではなく、舞台の全ての要素を考えなくてはいけません。ラルビは舞台装置を振付けに組み込む才能を持っていますが、私も常にそのように心がけています。セット、音楽、照明全てが振付けの一部であるという考え方です。ですから、スタイルの違いは考えずに同じ土俵の上で共同作業ができたと考えています。

マリア・パヘス

スペイン・セビージャに生まれ、4歳からフラメンコとスペイン舞踊を学び始める。15歳からプロとしての活動をスタート。アントニオ・ガデス舞踊団を経て、1990年自身の舞踊団María Pagés Compañíaを設立。受賞歴多数。スペイン国立バレエ団からも振付を依頼されるなど、そのキャリアと芸術性は高く評価されている。2015年スペイン芸術功労金賞受賞。日本公演での主な作品に「Sevilla」(2006)、「Mirada」(2011)、「Utopía」(2013)、「Yo,Carmen」(2015)がある。

 

シディ・ラルビ・シェルカウイ

ベルギー・アントワープに生まれ、2000年にダンスカンパニーLes Ballets C. dela B.の一員として「Rien de Rien」を振付け、各賞を受賞。演劇やコンテンポラリーダンスをはじめ、バレエ、オペラ、映画などで幅広く活躍する振付家。ローレンス・オリヴィエ賞を2度受賞。14年母国ベルギーでその活動が高い評価を得て国王から爵位の名誉称号が授与される。Bunkamuraとは、手塚治虫の思想・生涯をダンスで展開した「テヅカTeZukA」(2012年)、「プルートゥPLUTO」(2015年、2018年1月上演予定)がある。